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2008年1月17日 (木)

大腸がん手術

 大腸がんの手術から今日で焼く50日が過ぎた。

 10年昔日の如しと言うが、祖母が直腸がんを患い緊急入院したのは昭和40年ごろで59年まで生存できたが、自分が千葉の楢葉にあった「日本三育学院」で学んでいた頃のことで休暇で帰省したとき入院を知らされ次の休暇で帰省したときに初めて人工肛門というのを知った。 この時には生存率ということさえ知らなかった。 ただ人工肛門の不便さを知ってこれだけには罹るまいと思った程度だった。

 第一生命で働き出して人の健康や年金についての触れる機会が増え、知識も蓄えられるようにもなった。が、それは顧客に対して向けられるもので何処かでずっと他人事のようなものでもあった。 30数年前には国民年金が破綻すると不安感を煽り、養老保険の増販にチカラを注ぎ預かっていた職員の教育にあたったものだ。 「消えた年金」騒ぎの今となってみれば、その時に加入した人は随分と得をされていることになる筈だ。 

 当時、不治の病と言われた「がん」も最近の医療の進歩で治る病とされるようになり、それでも30代の働き盛りからの各世代における死亡率では断然トップの「がん」治療には、国も力を注いでいる。 

 発見されたのは異常を感じ始めた初秋の頃だ。 多年にわたっての蓄積のようで緊急を要しないとのことだったが、検査から手術までは二ヶ月と掛からなかった。

 担当医にしてみれば施術例も多いらしく、大病という感じは与えず数日の入院ですぐ退院できるからと大船にでも乗った遊山気分のようでもあった。 今では「がん」もインフルエンザ程度なのかとさえ思わせたほどの気楽さだった。

 当の本人も担当医の雰囲気に入り込み、極めて楽天的であり手術前の一抹の不安には襲われたものの、術後も検査入院の延長線上にあった。 手術による発熱も三日で収まり10日ほどで抜糸、その数日後には退院した。 順調すぎるのが不安なくらいのものだった。 入院先もかつての汚らしい殺風景の病院ではなく、医療施設などがなければ明るく広い快適なリゾートのような建物で一寸した気晴らしにでも言ってきたような気分だったに違いない。

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